郷愁

小学生の頃、他県で過ごした。背の高い建物など殆ど無く、公園の多かったその場所はとても長閑だった。不思議なもので人間とは生まれた場所やもっとも長く過ごした場所よりも、少年の頃に過ごした場所を故郷と感じるようだ。つまるところ私にとっての故郷とは、東海とも中部ともとれる大きな県の中にある、県より有名な市にある小さな町なのだ。

学生生活が終わりに差し掛かった頃、誰にも告げずに1人ふらっと故郷に帰った事がある。
数多の公園のいくつかはアパートに変わり、背の高い建物がいくつか増え、通っていた小学校は廃校になっていた。私が通っていた当時も6学年合わせて100人に満たなかったのだから当然かと納得しつつも、寂寥感は募った。
その後に住んでいた5階建ての小さなマンションに立ち寄った。一階で夫婦で営んでいた仲の良かった小さな喫茶店は閉店し、理髪店になっていた。あの夫婦はどこに行ってしまったのだろう。思い返せば随分良くして貰っていた。
当時住んでいた最上階の部屋は、今は知らない誰かが住んでいて、隣の部屋の表札も変わってしまっていた。

10年と少しで随分と変わるものだ。
遠路遥々やってきてはみたものの、私は当時の友人と会うどころか連絡すらしなかった。きっと再会したところで、当時の無邪気に笑い合えた関係性はとうに終わってしまっているだろう。再会して、流行りの音楽を聴いて、お洒落な服装をした彼ら彼女らを見てしまった時、きっと自分勝手な絶望を抱いてしまうだろう。

美しい想い出は美しい想い出のままが良い。
ふらっとやってきてしまった事を少しだけ後悔しながらそそくさと帰路についた。
ああ、ここにはもう自分が帰る場所はないんだな、そんな事を再確認した一人旅だった。

そういえば引っ越して間もない頃に何度か友人とやりとりした手紙は、いつの間にかにどこかに行ってしまった。それを今では哀しいとも、寂しいとも思わない。