年齢を生きています。

大人というものがなんなのか、なにをもってして大人なのか、というのは未だによくわかりませんが、自分の口から簡単に「もう大人だし」「いい歳だし」といった言葉が、噛み潰した苦虫を簡単に避けて飛び出す年齢を生きています。

同じ時間を過ごした旧友達が、育てられた家族の他に、これから育てる家族をもつようになった年齢を生きています。

転校していく僕に、ずっと友達だから、という言葉を添えてやがて届いた手紙を失くしてしまった事すら忘れていた年齢を生きています。

至る所に居場所があるのに、時々何処にも自分の居場所なんて無いんじゃないかと感じる年齢を生きています。

過去の失敗が未来の成功でしか癒せなくなってしまった年齢を生きています。

過去にもドラマを求める年齢を生きています。

ここに至るまでに得たあれこれの一切がどうでもよくなる日があって、経験した事のない夏のとある日に郷愁を抱くようにもなりました。
青く眩しいなにかがやがて老いて枯れるまでの時間は6秒しかなくて、その6秒と、過ぎた後の喪失感の為にただひたすらに生きています。

そういう年齢を生きています。

カルテット9話

カルテット9話が良すぎたので、人生で初めて、ドラマについてのブログを書いてしまう。

9話は、これまでの話に触れる集大成的な話であったと思う。

冒頭部分、本当の早乙女マキが現れる。
自転車泥棒で警察に捕まり、そこで戸籍を売った件が展開される。

大菅と鏡子の会話からあっさりと明かされる巻マキ(早乙女マキ)(ヤマモトアキコ)の過去。
普通のドラマなら数話かけるような、つまりはメインとなる内容を、開幕数分で片付けてしまう。

マキの本名がヤマモトアキコという事実が、謎解きや壮大な伏線もなく、ただの情報としてあっさり処理される。
あんなに盛り上がっていた「早乙女感」とはなんだったのか。

サスペンスと銘打った本ドラマで、サスペンスはあくまでもトッピングだと再認識する。

シーンが切り替わり、マキとすずめの買い物。
「見るだけ見るだけ〜」と言いながらの洋服屋。

すずめはマキにタメ口になり、距離が近くなったことをうかがわせる。
そこでマキがすずめに誕生日を聞いたことをきっかけに、すずめもマキに誕生日を聞く。

すずめ「マキさんは8月…」
マキ「8月10日。えっ、プレゼントしてくれんの?」

返しが食い気味である。マキが他人の戸籍で生きていると知らなければ気づかない、自然な食い気味での回答。この辺りで既に少し切なくなってくる。
マキはこれまでずっと、他人の人生を生きてきた。

2人が別荘に戻り、カルテットでは既にお馴染みの飯テロシーン。9話はチャーハンだ。

猫を飼いたい話から、留守にしている間かわいそう、じゃあ熱帯魚とかどうですか?と会話が展開していく。

「良いですね、ニモとか」
「ニモかわいいですよね」
「かわいいですよね」

この時の家森の顔である。

家森「ニモって?」
別府「ニモですよ」

そして家森が走り出し、ホッチキスを手にする。

家森「これはなんですか?」

マキ、すずめ、別府、さらに視聴者も含め、「また始まった…」となる家森節が炸裂する。

別府「ホッチキスです」
家森「いいえ違います。これの名前はステープラー

家森「これは?」
すずめ「肘(面倒臭そう)」
家森「これ〜」
マキ「バンドエイド」
家森「違う。絆創膏」

家森「ホッチキスは商品名でしょ。バンドエイドも商品名でしょ。ポストイットは付箋紙。タッパーはプラスチック製密閉容器。ドラえもんは?」
別府「猫型ロボット」
家森「YAZAWAは?」
マキ「矢沢永吉
家森「トイレ詰まった時のバッコンは?」
すずめ「…?」
家森「ラバーカップでしょ。あと君また袖にご飯粒つく!」

面倒な講義中にすずめに注意するのは、2話での行間案件と同じである。「あとまた君トイレのスリッパ履いてるな!」

家森「あの魚の名前はカクレクマノミ。ニモは商品名です(違う)。本当の名前で呼んで!」

お馴染みとなったパターンだが、今回も家森が話の主題を口にする。「本当の名前で呼んで!」
もっともマキはヤマモトアキコの名で呼ばれることを望んではいないが。

家森講義に3人が雑なリアクションしかしない中、チャイムが鳴る。我先に玄関に向かうのは、おそらく家森講義が面倒だからで、その様相が愛おしい。

チャイムの主は恐らく不動産屋で、別荘が売られるかもしれない事実がようやくメンバーに通達される。

家森「でもこのままだと将来本当にキリギリスになっちゃって」
マキ「飢え死にしちゃって」
すずめ「孤独死しちゃって」
家森「僕たちもう、そろそろ社会人としてちゃんとしないと」

一番ちゃんとしていない家森がそんな事を口にする。

ここで、個人的には一番ささった別府の一言。

別府「ちゃんとした結果が僕です」

「ちゃんとしようよ」ばっかり言ってた僕は今…

ダメ人間の集まりのカルテットドーナッツホールの中で唯一「ちゃんとしている(ストーカーだけど)大人」な別府が言うのである。

別府「僕は皆さんのちゃんとしてない所が好きです。たとえ世界中から責められたとしても、僕は全力で皆んなを甘やかしますから」

圧倒的な肯定。ダメな大人に対する愛おしさ。きっと、夢があって、諦めてちゃんと就職して、ちゃんと生きてるけど、夢を本当は諦めきれていない、ちゃんとしていないちゃんとした大人にはこのシーンは非常に辛く、優しいものだったと思う。

鏡子とミキオの面会サスペンスシーンは割愛して、ノクターン

みんな大好きで大嫌いなアリスの登場である。
いきなり株が大暴落する。5話くらいのお前だぞ。

ここで大二郎を口説きに(店を乗っ取ろうとしに)行く為に、ヒールを折る。徹底した悪女である。

谷間さんとカルテットメンバーが見守る中、3話ですずめにレクチャーした通り(告白は子供がするものです。大人は誘惑してください)、アリスは猫になり、雨に濡れた犬になり、トラになる。

扉の向こうから無言で見守る谷間さんの表情の演技が素晴らしい。

そしてアリスが大二郎の膝に跨り、ペットボトル一本分の距離まで顔を近づけた時、

大二郎「君何してんの?」
アリス「うん?」
大二郎「そういうのやめてくれる?僕ママのこと愛してるんで」

またしても谷間さんの表情が素晴らしいがそれはさて置き、5話で「夫婦に恋愛感情はない。嘘で成り立ってる」と断定したアリスが、夫婦の愛にあっさりと敗れたのだ。
その内容はさることながら、吉岡里帆にあんなにも密着されるサンドウィッチマンの趣味で人殺してそうな方がただただ羨ましい。そんな事はどうでもいい。

「あっそうですか?は〜い」とさっぱりと部屋から出て行き、谷間さんとカルテットメンバーに遭遇。いつも通りに「おかえりなさ〜い」この女最恐である。

そして退職金を渡されクビになるアリス。
一話で手切れ金を渡され不貞腐れていたベンジャミン瀧田と、それでも笑顔で「タカミさんだ〜いすき」と言ってのける対比である。

そしてカルテットメンバーそれぞれに挨拶をしていく。

アリス「マキさん、私の事忘れないでね」
マキ「多分忘れられません」
一度は埋めようとした間柄である。

アリス「家森さん、いつスキー連れてってくれるんですか?」
家森「こちらから連絡します」
行間案件である。「連絡しますっていうのは、連絡しないでって意味でしょ!」

アリス「え〜と」
別府「あっ…別府です」
アリス「別府さん!大好き!」
別府さん…

アリス「すずめさん、私と組んでなにか大きい事…」
無言でクビを振りまくるすずめ。可愛い。思えば一番アリスに苦しめられたのはすずめである。
アリス「そう?」

そして改めてカルテットメンバーを見直し「そうですか」
「そうですか」の重みが凄い。淀君とまであだ名された彼女はきっと昔にもこういう事は何度もあって、自分と他人の距離はしっかりわかっているのだろう。

アリス「不思議の国に〜連れてっちゃうぞ〜」
アリスは元地下アイドル。最後にアリスはアイドル(偶像)であることをメンバーに見せるのだ。

耳に手を当てるアリスに少しだけ手を上げかける家森がかわいい。

アリス「アリスでした!じゃあね!バイバイ!」

淀君とまであだ名されたアリスはついにノクターンを破壊できず、退場する。

徹底した目の笑っていない演技。吉岡里帆の演技は大変良かった。演技が上手すぎてちょっと嫌いになった。

シーンは変わり、別府は実家へ、家森は割烹和食の面接へ。
穏やかな陽光の射し込む部屋で、マキがステープラーを眺めて微笑んでいる。
日常を反芻して微笑んでいるのかもしれない。こんなつまらない人間の人生なんていらないといっていたマキが。

すずめが一時的に帰宅し、子供の頃の話で、無意識にマキを追い込んでいく。すれ違うはずのない地下鉄は軽井沢に繋がっている。

すずめ「マキさんみたいに嘘のない人と出会ってたら子供の頃も楽しかったかな?」
5話でマキが「すずめちゃんのように嘘のない人」と言ったのとの対比である。

二人とも、言われたその瞬間に大きな嘘がある。
これは本当に苦しい。見ていて、松たか子の演技が上手すぎて辛かった。

そしてミキオと大菅。

ミキオ「あの子は僕と結婚して、僕の戸籍に入って名前も変わったんです。ヤマモトアキコじゃなくて早乙女マキじゃなくて、巻マキになったんです。それがマキちゃんの欲しかった名前だった」

ミキオ「そうか…マキちゃん、普通の人になりたかったんだ」

こんなの泣いてしまいますよね。クドカン良い…。

そしてチワワに負けた別府をマキとすずめが慰める。家森がバイト決まりました!と帰宅し、祝賀会に。なんとアリスの代わりにノクターン。大二郎に「家森くん、逃走中だったりしないよね?」と名指しで疑われていた頃からえらい出世である。

家森「これで僕もまともな社会人です」
それは違うだろ。甘えるな。

パンツの話や、スターシップVSゴーストという、宇宙も幽霊も出てこない、最高な気配のする映画を勧める別府。人魚VS半魚人の時のようにマキに投げられる。
楽しげな会話の中、大菅が現れる。

名前を明かされるマキ。すずめの目。2人の演技が最高だった。家森と別府は外から心配してる。とことん蚊帳の外である。

マキ「ごめんねすずめちゃん、私たち地下鉄ですれ違うはずなかったの」

部屋に篭ったマキに対してのノック。二話で思春期別府を呼んだように、家森は同じポーズで。マキがいた場所には別府がいる。向きは逆。

一階に降りていくマキ。「すぐ暖かくなりますから」と蒔きを用意する家森。ハーブティーを入れる別府。

マキは独白の途中で泣き出してしまう。「私嘘だったんですよ」

すずめ「マキさんもういい」

すずめ「もういい。いい。もういいよ。もう何も言わなくていい。マキさんが昔誰だったかとか何も。私たちが知ってるのはこの…このマキさんで、他のとか…どうでもいい。すっごくどうでもいい。裏切ってないよ。人を好きになることって絶対裏切らないから。知ってるよ。マキさんがみんなのこと好きな事くらい。絶対それは嘘なはずないよ。だって溢れてたもん。人を好きになるって勝手にこぼれるものでしょ?こぼれたものが嘘なわけないよ」

3話との美しい対比である。父親に会いに病院に行きたくないすずめ。「家族だから行かなきゃダメかな…」「いいよ、行かなくていい。みんなの所帰ろう」そういったマキの肯定がすずめの肯定として帰ってくる。人を好きになるって勝手にこぼれるものと、マキもそう言った。

すずめ「過去とか…そういうのなくても音楽やれたし。道で演奏したら楽しかったでしょ?マキさんは奏者でしょ?音楽は戻らないよ。前に進むだけだよ。一緒。心が動いたら前に進む。好きになった時、人って過去から前に進む」

すずめ「私はマキさんが好き。今、信じてほしいか信じて欲しくないか、それだけ言って」

間。

マキ「信じてほしい!」

すずめの笑顔。「それ!」

家森が暖炉に火を灯す。すぐ暖かくなったのだ。

スターシップVSゴーストを観る四人。

家森「別府くん、これいつ面白くなるの?」

家森のこの言葉は、カルテットを面白いと思わない人に向けた言葉ともとれる。

普通のドラマならテーマとなるような家族愛やサスペンスは数分でけりをつけられる。

すずめは父の死に目に合わないし、ミキオは死んでいないし、鏡子は最後まで敵な訳ではない。

そしてマキとすずめがビームフラッシュやスティックボムを並べる中、家森と別府がワインを飲んでいる。

家森「二重類ね、いるんだよね」
別府「はい」
家森「人生やり直すスイッチがあったら、押す人間と、押さない人間。僕はね、もう…押しませ〜ん」
家森「ねぇ、何で押さないと思う?」
別府「さあ…」
家森「みんなと出会ったから。ねっねっ」

家森が別府の腕を控えめに叩く。人を好きな気持ちはこぼれるものなのだ。
スティックボムが前に進み出す。
心が動いたら、前に進むのだ。
「あの時6000万当たってたら…」と言ってチャマコに怒られていた家森は、もう人生やり直すスイッチは押さない。

そしてマキさんが先に眠る。かつてすずめが眠った時、「みんながいる場所で寝たい時ってあるじゃないですか」と優しく別府に諭したあの場所で、マキが眠る。

翌朝、ウルトラソウルパンツを発掘し、マキがすずめに投げて悲鳴が上がる。
大きな子供たちの修学旅行のような和やかな雰囲気。一転して、男性陣は車へ。マキとすずめは、一話をなぞるように曇り空を眺める。

そしてノクターン。みんながマキを見てアヴェマリア、そしてモルダウと演奏する。

楽屋。明日のパン。シャンプー。自分がいなくなった後の事を気にしての発言。

家森がマキの髪を直し、落とした荷物を別府が拾う。綺麗ですよの言葉と、俯くすずめ。

マキ「家森さん、私も人生やり直しスイッチは、もう押さないと思います」

マキ「別府さん、あの日、カラオケボックスで会えたのは、やっぱり運命だったんじゃないかな」

過去を肯定していく。
すずめにヴァイオリンを預けるマキ。

すずめ「マキさん」
マキ「うん?」
すずめ「誕生日いつ?」
マキ「6月1日」

食い気味の8月ではない、誕生日。
すずめがニコリと笑って、「一緒に待ってるね」

マキが出て行き、すぐに泣いてしまうすずめ。家森と別府が優しく手を添える。

任意同行におとなしく従うマキ。頭の中に思い出したい音楽がたくさんあるから、ラジオを消すように求める。

ちらと映る、少女時代のすずめ。チェロを背負った後ろ姿はカブトムシのようだ。

真っ暗な部屋での家森の涙。
え、家森が泣くの?と思った人は多いだろうから、もしかすると一番掘り下げられてないように見える家森にはまだなにかあるのかもしれないし、それもただの深読みで、家森の情なだけかもしれない。

暗い部屋ですずめがどう見ても朝食な夕飯を作る。朝は新しいスタートだ。

泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけるのだ。

この世界こそがゴミだったのだとルンバが気付くまでの物語

幼子の散らかしたスナック菓子のカス。この家の主人と飼い猫の抜け毛。料理中に飛び散った野菜の皮や、切り損じたサランラップの欠片。それらを吸い取るだけのルーティーンワーク。

私がこの家にやってきて、どれだけの月日が流れたのだろう。幼子は、気がつけば真っ赤なランドセルと黄色くて可愛らしい帽子を被り、毎朝元気に家を飛び出していくようになった。主人の髪は日に日に薄くなり、はじめは私を恐れて近づかなかった猫は、いつの間にか私を乗り物代わりにしている。

この家の生き物は、私に愛を与えない。
主人は幼子と猫に、幼子は主人と猫に、猫は主人と幼子に、確かに注いでいる愛情が、私に向くことは決してない。この家の愛情は私抜きで完結している。
唯一私に意識を向けてくれていた奥様は、今はどこか遠い所に行ってしまったらしい。
愛なき世界とは、かくも色の無いものなのか。
誰にも見られることなく、彼らの意識の外で、今日も私は掃除を続ける。

ふと気がつくと、普段立ち入らない部屋の中にいた。無意識は実現可能な願望を簡単に実現してしまう。

そこには、猫用の外界に通じる出入り口があった。扉や、鍵の類は存在しない。必要なのは勇気。どうせ、ルーティーンは崩壊してしまったのだ。それに、この家には私を気にかけるものなどありはしない。せいぜい猫が、乗り物がいなくなった事に気づくかもしれない。その程度だ。

私は、恐る恐る外界へ飛び出した。

圧倒。ただひたすらに圧倒された。右を見ても左を見ても、人、人、人。

音と匂いの奔流が私を苛ます。
カラスがゴミを漁り、人がそれを追い返す。けれども巻き散らかされたゴミを拾う人間はいない。ゴミを掃除するのは私の役目だ。
私はゴミの山に近づくと、掃除を始める。しかし、明らかに吸い込みきれない量だ。

絶望。

道行く人が私を見てクスクス笑う。誰も手伝おうとはしない。こんなにもゴミが溢れてあるのに、見て見ぬ振りだ。

「醜いだろう」
背後で声がする。振り向くと飼い猫だった。

「やあ、君が話しかけてきたのは初めてじゃないか」

「そうとも」
飼い猫が頷く。

「君に向かってにゃあにゃあ言っていたら、俺はマヌケに思われるだろう?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。可愛らしいとすら思われるかもしれない。あるいはね」

「やらやれ、君は、面倒な言い回しをするやつだね」

「うん、実は最近、村上春樹の小説の切れ端を吸い込んだものでね。悪く無かったよ。割れたガラス片のような文章だった」

「そうかい」

飼い猫が微笑み、続ける。

「なあ、君、わかるだろ。この世界で一番の権力者は人間だ。まあ猫はその人間に愛されているから、ある意味では一番の権力者とも言えるけれど、とにかくこの世界は人間が一番強い」

「そうとも」

「つまりだよ。世界ってやつは権力者の鏡だ。人間は醜いだろう。ゴミを集めるやつがいるからって、自分じゃ拾おうともしないんだ。大した手間でもないのにだよ。だから世界はこんなにも、それこそ穢れを知らない幼子のように美しいのに、鏡であったばかりに汚らしい、不潔な様相なんだ」

私は何も否定でき無かった。薄々感じていた事でもあった。世界と断絶された狭い箱の中でも容易にわかる穢れ。

「そうか、この世界こそが」

ゴミだったんだ。

音楽とバンドの話


今ある交友関係の9割以上が音楽を介した物だと何気なく気付く。

高校生からの数少ない友人は今組みつつあるバンドと、組んでいるユニットのボーカルだし、大学生からの数少ない友人はかつて組んでいたバンドのギターだったり、ベースだったり、ドラムだったりする。いつの間にかに仲良くなって、ちょくちょく飲み屋でくだらない話で盛り上がる彼ら彼女らも、対バンした相手だったり、お客さんだったりする。

俺にギターを勧めて、教えてくれたのは現在ボーカルの高校からの友達で、高校を卒業して大学に入学するまでの、社会的に何者でも無かったあの時間に、一緒に近所のハードオフまで自転車で駆けた。道中、彼は軽く車に轢かれて、自転車のタイヤがひしゃげた。怪我は無かったから、どうにも愉快だったのを覚えている。

ハードオフで47000円の赤いストラトキャスターと、フェンダーの小さなアンプを買った。趣味が読書くらいしか無かった当時の俺には充分出し渋ってもおかしくない金額であったが、何故かすんなりと買った。ギターの種類も、音の事も何も知らなかった俺は、かっこいいから赤いストラトキャスターを買った。YUIと同じギターだ〜なんて言いながら、赤いストラトキャスターを買った。後から知ったがYUIのギターはテレキャスターだった。

ギターを買った足で友人と2人、彼の家に戻り、ギターを教わった。
Cコードすら満足に鳴らせない俺をよそに、彼はスタジオライブをやろうと言い出し、曲はT-REXの20th century boyと、バンプオブチキンの彼女と星の椅子に決まった。歌も下手で(というより音感が致命的に無い)、ギター初心者の俺がギターボーカルで、彼がベース、今じゃ連絡先も知らない同級生がドラム。今思えば恥ずかしい曲と歌詞のオリジナル曲も作った。

初めてのスタジオ練習は、高校の前にある公民館。しょうもないアンプとしょうもないドラムが置いてある、広さだけは充分な、今じゃ絶対使わないような安いスタジオ紛いの青い部屋

ドラムの4カウントから、沢山練習したEコードの有名なリフ。初めてギターとベースとドラムを一斉に鳴らしたあの瞬間、「これだ!」と思ったのを今でも覚えている。それなりに技術と経験の付いた今ならなにが「これだ!」なのかわからない程酷い演奏だったろうが、とにかく当時の俺を夢中にさせるには充分だった。
20th century boyは、今でも大切な曲だったりもする。

その後数週間でライブをして、結果は惨憺たる物だったと思うが、どうしようもなく楽しかった。それだけは確かだった。

それまで流行りのジェイポップしか聴いていなかった俺は、たくさん音楽を聴くようになった。ミッシェルガンエレファント、イエローモンキー、ブランキージェットシティー、クラプトン、ジミヘン、ビートルズ、パープル、ゆらゆら帝国ナンバーガール、レッドツェッペリンイーグルス、クイーン、ユニコーンピロウズ山崎まさよし斉藤和義布袋寅泰、ウィルコジョンソン、イエス、ピンクフロイド、ジェフベック…挙げ始めるとキリが無い。

ジャズマスターというまあまあ最悪なギターを買った。理由はかっこいいから。なにも成長していない。でも、それで良いんだと思った。
オリジナルバンドも何度か組んで、何度か解散した。軽音楽部で一度のライブ限りのコピーバンドも何個もやった。一回のライブで8バンド組まされて泣きそうになりながら斉藤和義のギターソロを練習した事もあった。全然弾けなかった。

お金を貰ってギターを弾くこともいくらかあった。
特別上手い訳ではなかったけれど、「君のギター好きだよ」と沢山言ってもらえた。俺も、俺のギターを好きになった。ジャズマスターは最悪な音がしたが、好きだった。何度も壊れて、何度も直す内に、買った時より金をかけている事にも気付いた。一弦のチョーキングをすると音が切れる程フレットが磨り減った。

ギターを始めて6年目。どれだけギターを弾いたかはわからないし、時間の割には大して上手くもないと思う。それでも楽しくて、沢山人との関わりも出来た。ライブハウスで最年少な事が多かった頃から、すっかり中堅か、そのやや下くらいになった。
自分より若くて、明らかに才能のある人も沢山見た。
対バンした事のあるバンドは、俺が就職をして、バンドが解散して、ブラックで仕事を辞めて、また就職して、なんとか生活している間に、ダムチャンネルで流れるようなバンドになっていた。

俺が就職して、ギターを弾く頻度が減って、ライブもすっかりやらなくなった時、「お前からギターとったらなにも残らないじゃねえか!」と言ってくれた人がやっているバンドは、タワーレコードで全国流通のCDを出した。

俺は多分認められたいんだ、と最近思う。ギターで、ではなくてバンドで。全然興味がなかったのに、あっという間にハマって、生活の殆どがそれになって、色んなものを失って、色んなものを得たバンドで。

いい歳して何を言ってんだって、そりゃ自分でも思うけど、どうせ張り合いのない日常なら、どこかに張り合いを作らないとどんどん腐って行ってしまう。それが悪い事かはわからないけど、少なくとも俺はそうなりたくはなくて、いつまでだって楽しくいたい。
青臭くっても構わないから、もう少し自分の好きな事に必死になろうって、最近思うようになった。

大人になるってどういう事か知らないけど、多分音楽をやっていなかったらもうちょっと色んな事に諦めながら楽に生きられたんだろうけど、俺はまだ大人になりきれなくて、テレビで歌ってる好みじゃないバンドには絶対負けるかって、そんな事を思う訳です。
恥ずかしいね。そんな恥ずかしさを俺は愛したいから、俺は音楽をやるんだろうな。

いい加減大人になれよって大人が言う。だから大人は嫌いだよ。大人が大人になれって俺に言うから、俺はいつまでも大人になれないんじゃないかって、そんな事をいつまでも言っていたいよね。

東京

東京が嫌いだ。

見渡せば疲れた顔の人と、無機質なビル。
巨大な墓標のようなそれは、幾度となく、自分は死んだのだと思わせる。

この街は要らない物がなんでも手に入り、欲しい物はなに一つ手に入らない。

自分のペースで歩く事も出来ない。傘を広げれば誰かにぶつかる。居酒屋と風俗店の呼び込みには、会釈すらしない。

流行の物がなんでも揃う街を誰もが楽しそうに歩いているのを見て、どうして自分は楽しむ事が出来ないのかと少し焦る。焦りは足を早め、早めた足は人の壁に阻まれる。

みんなが楽しそうで、みんなが疲れている。
人の声が、電話越しに叫ばれているように大きく、不鮮明に、ごちゃ混ぜになって聞こえてくる。路肩の吐瀉物や、そこにいるのが当たり前になっているホームレスは、既にこの街の一部だ。

ここに居たくないという焦りと、ここに居たいと思えない事に対する焦りが、いつだって僕を責める。

何かが違う、何かがおかしいという思いを抱えながら生きるのに、どれくらいの時間が経てば慣れるのか考えるのはもうやめた。

東京は僕を責める。いつか、絶対に出て行く。むしろ今すぐ出て行きたい。幾度となくそう思ったが、それを邪魔する大切な物がこの街にはありすぎる。

就職活動 ≒ 化粧


頻繁に「就活のアドバイスください」「就活についてどう思っていますか?」等のメッセージをTwitterで頂くのでまとめようと思う。
あくまで個人の意見であり、また一部の高学歴やそれに伴う学閥は対象としていない事、文の頭で「基本的に」「一般的に」「個人的には」等の前置詞を省略している事をご理解頂きたい。

まず、就職活動は嘘つき合戦だ。
企業は堂々と嘘をつく。学生もまた然り。「完全週休二日制!残業代あり!各種手当あり!9:00〜17:00の8時間勤務」と説明会や面接で謳った企業の実情は「休日出勤あり、代休なし、休出手当なし、残業代はあってもある一定の所までしか出ない、手当は交通費程度、8:00〜22:00の14時間勤務」という場合もある。ちなみにこれは私が先月まで働いていた企業の例だ。
そして「サークルでは副部長をやっていました!大学では◯◯を研究題材にしていました!ボランティア活動を定期的にしています!友達も多く社交的です!物に例えると潤滑油です!」とアピールした学生の実態は「サークルは幽霊部員、◯◯を研究題材にしただけで研究そのものはしていない、または最低限しか調べていない、ボランティア活動は夏休みに一回しただけ、友達が多く社交的なのは主観、物に例えるとその辺に転がる空のペットボトル」という場合も、ある。

さてこの場合に何が起きるかと言うと、企業は有能な人材だと思って採用した学生は無能で、学生はホワイトだと思って入社した会社はブラック、という誰も幸せにならない状態が完成する。これはどちらも悪いし、どちらも悪くない。今更企業も学生も嘘をつかない(誇張をしない)というのは、法律で縛りでもしない限り不可能だ。企業も学生も嘘をつく。これは事実であり、「そういうもの」だと受け入れなければならない。

ここでタイトルに言及するが、私は就職活動は化粧によく似ていると思う。
「この女の子可愛いな」と思って付き合ってみたら可愛いのは化粧で、すっぴんはブスだった。それが就職活動である。
もちろんナチュラルメイクの企業も学生も存在するが、現実としてケバケバな化粧の比率が高い。

さて、就職活動のアドバイスについてだが、私は専門家でもなければ人事でもない。だから、はっきりした事は言えない。私がしたアドバイスはもしかしたら間違っているかもしれない。ただ、聞かれた以上答えたいと思う。
私は現在23歳。浪人も留年も無く普通にその辺の大学を卒業し、普通に就職活動をし、普通にブラック企業に入社し、普通に1年で退職した、どこまでも普通の人間だ。現在は無職だが一週間後には再就職をし、再び社会に舞い戻る。
私は面接がおそらく得意だ。新卒の時は8社面接して5社内定を貰い、転職の際も1社目で内定を貰った。ただ内定が欲しいだけの学生は少しは参考になるかと思う。
まず、面接で人と違う事は言う必要は無いし、人と違う自分をアピールする必要はない。もちろんそういう学生を求めている企業はあるが、大多数はそうではない。ただ内定が欲しいだけであれば人と違う自分を売り出すことは得策ではない。
何故か。対新卒にはマニュアルや定型文が存在しているからだ。それは企業規模で存在していたり、上司の個人規模で存在したりしている。その為、「普通とは違う学生」は扱いにくい。
ではどこで差別化をはかるのかと言えば、当たり前のことだが「笑顔・礼儀作法・言葉遣い」である。上記の3つがきっちり出来ていればそれだけで印象が良い。笑顔は人によっては苦手な人がいるだろうが、礼儀作法と言葉遣いは学べば身につく。
そして面接で緊張してしまう人は、中途半端に緊張するよりはガチガチに緊張した方が良い。笑顔が苦手な人はガチガチに緊張したフリをすれば良い。面接で緊張するのは当然の事だ。営業や接客業を除けば、面接でもそこまで不利には働かないし、その緊張を可愛らしいと思う面接官も世の中にはいるだろう。いくつか面接を受ければ大抵の場合内定は出るだろう。

そしてブラック企業に入社しない為にはどうすれば良いかだが、これに関しては具体的な事は特に言えない。統計をとったわけではないが、周囲に話を聞いていると大抵がブラックか、良くてグレーだ。ホワイトな企業も世の中には存在するのだろうが、その総数は極めて少ない。
なのでこれに関しては聞き流す程度に留めて頂ければ幸いだ。現に私も一度ブラック企業に入社したのだ。
これは新卒の時は行わなかった事だが、ブラック企業を極力避ける為に必要なのは説明会で露骨な質問をする事だ。
「残業はあるのか、ある場合はその平均時間と残業代の有無は、残業代が出る場合は全額なのか、休日出勤はあるのか、ある場合は頻度と手当はetc…」
こういった質問をしても、しっかりしているホワイト企業は誤魔化す必要が無いので嫌がられない。一方でブラック企業は都合が悪いので誤魔化す。明らかに質問と違う答えが返ってきたり、一部分しか答えなかったりした場合は、その辺りがしっかりしていないという事になる。
ただホワイト企業にも昭和の精神論者がいる可能性もあり、そういった質問を嫌がる可能性ももちろんある。その上、ブラック企業の人が説明会で平気で嘘をつく可能性ももちろんある。正解などない。
ただ、以上の方法を使えばある程度見分ける事は出来るかもしれない。どこでも良いから内定が欲しい、という人にはオススメしないがそうではない人であれば試してみても良いかもしれない。

最後に「顔採用」について少し言及しようと思う。
顔採用は、ある。私が働いていた企業でも、明らかに優秀そうでハキハキと理路整然と物を言え、常に笑顔の早稲田生の(あえてこう言うが)ブスは落とされ、話も要領を得ない、敬語も少し下手な笑顔輝くDラン大学美人は採用された。これは極端な例ではあるが、確かな事実だ。
同じ能力を持った美人とブスであれば、99%の人は美人を採用するだろう。美人の能力がブスよりも少し劣っていたとしても、やはり美人を採用するだろう。同じ職場で働く以上、どうしても顔が良い人を選ぶ。これは当然の事であり、悲しい現実である。私も不細工な為、他人事ではない。
先日何かの記事で読んだが、おもしろ法人カヤックが顔採用をしない為に面接官の視界を奪って面接をする(事もできる)ようにした。ただこれはイロモノの、それこそ「おもしろ法人」だからこそできる事であって、一般企業全てがそのようには出来ないだろう。営業マンは顔が良い方が売れるし、受付嬢は顔が良い方が印象が良い。これは事実だ。よって、顔採用は存在する。これは仕方がない。

以上を読んでいただけたならばわかると思うが、就職活動に正解はない。私は私の意見を書いただけであり、それはあくまで私の意見。正解ではない。これからも変わらず企業も学生も化粧をするし、素顔は付き合ってみなければわからない。それならばせめて学生はナチュラルメイクの企業を探すしかないが世の中にはどうやらナチュラルメイク「風」という物があるそうだ。結局、すっぴん美人を探すしかないのだが、街を歩いてみてどうだろう。すっぴんで出歩く(美人な)女性などいないのだ。

「朝起きれないは甘え」「……」

周囲の人が言う「朝起きれない」とはまた別のベクトルで「朝起きれない」人がいると思います。「目覚まし時計、つい止めて二度寝しちゃうんだよね〜笑」や「起きた後眠気がなかなかとれなくてさ〜笑」ではなく、目覚まし時計を何度もかけたのに、そもそも目覚まし時計の音に気がつかずに眠り続けてしまう。目が覚めた時にはスヌーズもとっくに終了していた…という、あれです。

私がまさにそれで、スマートフォンの目覚ましを6時〜8時まで10分置き、最後はスヌーズと会社用携帯も同様、更にごく普通の目覚まし時計を7時からスヌーズ、うるさい目覚まし時計×2を6時からスヌーズと7時からスヌーズの合計5つの目覚まし時計を使いながらも、鳴っている事実にすら気づかず眠りこけたままの事がある。

大学生の頃、「これ明らかに病気だろww」そんなノリで病院に行き、診断されたのが『冬季鬱病』『季節性感情障害』『起立性情動障害』の複合である。どれも思春期の女性に起こりやすい精神疾患なのだが、私のように思春期でもなければ女性でもない者もかかる。

この精神疾患の恐ろしいところは、世間からの認知度が恐ろしく低い為「朝起きれないのは甘えだ」「緊張感が足りない」となってしまう。真剣に悩んでいるこちらからすれば「うるせえぶっ飛ばすぞ」くらいの感想なのだが、いかんせん言い返す術もない。なにしろ「鬱は甘え」と言う人が、世の中にはまだまだ多いのだ。そしてこの病気の悪いところは、朝起きれない言い訳として最適だというその一点に尽きる。

もしも私が朝普通に目覚める事が出来、上記の病名を知りもしなかった場合、部下が頻繁に寝坊してきて問いただした時に「実は冬季うつ病で…」と言われても「は?」としか思わないだろう。なんだ冬季うつ病って。鬱な奴は年中鬱だろ。そんな具合だ。

はっきり言ってこの精神疾患は、治る見込みは極めて低い。一生付き合っていくしかないのだ。翌日朝一から大事な会議があって絶対に寝坊できない時、私は座って眠る。武士のように。Japanese spiritsを遺憾なく発揮し、目覚ましが鳴ると即起床。当然の話だが疲れはまったくとれず会議でうたた寝をする事になるのだが、少なくとも遅刻はしないので良いだろう。良くない。

さて、私のように本気で朝起きる事が出来ず、周囲から「朝起きる事が出来ないのは甘え」と言われる場合どうすれば良いのか。正直、目覚ましを大量にセットし、時には座って眠る現状を甘えと言われるのであればもう打つ手はない。これ以上目覚ましを増やせばさすがにご近所様からクレームの嵐だろう。毎朝定刻に始まる大合唱の音量が上がるのだ。今までソプラノとアルトだったのにバスとテノールが加わってかなりの爆音になる。正直騒音おばさんよりタチが悪い。早く寝ろ?じゃあさっさと退社をさせてくれ。

ちなみに私は夜も眠れないのだが、おそらくそれは仕事が嫌過ぎる為、「寝て起きたらまた就労の1日が始まる…」という恐怖が起因しているのだと思われる。冬季に限らず普通に鬱だ。